シオタの塩分過多な日常

シオタです。「しょっぱい自分が、塩分過多な毎日をどう過ごし、いかに楽しく生きていくか」がテーマです

「絶対負けない」の意味を考えた

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今日は、RIZINさいたまスーパーアリーナ大会の日。

会場には行けないのでテレビで観戦した。

 

テレビ放送のあった試合だけでも感想がありすぎて、それについて書いていたらいつも以上に膨大な量になってしまうのが目に見えてるので、試合については置いておくとして。

試合については置いておく?

じゃあ、格闘技の試合で試合内容以外に何の感想があるのか?

 

ありきたりかもしれないけど、

それは、やっぱり人間ドラマだ。

 

スポーツの魅力は、競技自体や試合そのものもそうだけど、それに加えて各選手や関係者達がその試合や競技にどう関わっているのかという人間ドラマも魅力の大きな部分だというのは異論のないところだと思う。

特に、個人競技団体競技と違ってその人間ドラマを感じ取りやすいと思う。
複数の選手からなるチームだと人間ドラマは非常に複雑な様相を呈してくる。更に、複数の選手とその関係者を含めると膨大な数の人達がドラマに関わってくる。その人間ドラマに焦点を当てようとすると、膨大な時間やコストがかかるから恐らくその中でもトピック的な部分しか取り沙汰される事がないんだと思う。
でも、個人競技の場合は、試合に出てくる選手は数人しか登場しない。
だから、人間ドラマに焦点を当てやすい。
そして、テレビ番組になるほどの競技の選手達は、誰であっても必ず魅力的なドラマを背景に持っている。もちろん、その選手のドラマをどう見せるかという制作側の料理の腕も大きく関係してくると思うけれども、何より素材が既に際立っているので非常に料理はしやすいのではないか。

 

なんてことを、RIZINの試合を観ながら考えていた。

以前は、格闘技の試合を観る時にこんな事を考えた事はほとんどなかった。もっと試合の中身を中心に観戦していたと思う。「この攻撃は効いた」とか「そこで止まってたら危ない」とか「今いかないと!そこ頑張れ!」とか。技術的な観点やどっちが勝つのか負けるのかと言った部分が楽しみの多くを占めていた。

だけど、今日のテレビ観戦では各選手のこれまでの背景に焦点を当てた作りになっていたからというのも大きく関係していると思うけど、試合の中の各選手の攻撃や防御や駆け引きなどの動き一つ一つに、その選手の思いのようなモノを想像しながら観ていた感じだ。

 

「恐怖」とか「焦り」とか「余裕」とか「意地」とか「矜持」とか「執念」みたいなものを。

 

あの舞台に出てあれだけの試合をして、
あれだけの会場の観客を熱狂させて、
テレビの前の俺を含む更に多くの人達を熱狂させてくれた。
そんな試合に勝った選手は単純に凄い。
その勝利者と対戦して、結果的には負けてしまった選手も凄い。

 

勝負の世界に生きる人達には、もしかしたら『勝利』以外のモノは何の価値も無いのかもしれない。でも、それを観ている我々観客やファンにとっては、『敗北』も価値あるモノだったりする。

 

少なくとも俺は、選手達の生き様というストーリーに価値を感じている。
そのストーリーの中に流れ続けている選手やその関係者たちの思いに価値を感じている。

 

誰にも平等に流れているこの時間を、ただひたすらに強くなる事に懸けて過ごしてきた誰かがいて、その誰かがずっと抱えてきた想いとそれを形にしたその姿をこの世界に示している。その背景があるから、試合の結果や勝敗はもちろん大事だけど、例え試合に負けたとしても、俺にとってはその背景を持つ人達はみんな『主人公』の姿に見える。

 

どんな世界でも、
どんな舞台でも、
どんな人物でも、
俺が魅力を感じるのはやっぱり『主人公』だ。

 

相手がどんなに強大だとしても「絶対に負けない」その為に心技体を使い果たす。

傍から見てどんなに勝ち目が薄くても諦めないで「絶対に負けない」為に勝負をする。

どれだけ疲れ果てて、どれだけダメージが大きくても「絶対に負けない」その為に今できる最善を尽くして、考えて動いて、可能性を探る。


俺がずっと考え続けている『強さ』の意味が、少し分かったような気がする。

 

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