俺に気を遣えよ、言わなくてもわかるだろ
いつだって、信じられないほどの不思議な事は唐突に起きるのだ。
何も超常現象の話じゃない。
いつも通りの、会社で起きた信じられない出来事の話だ。
ある意味では、超常現象の方がよっぽど信じられる話なのかもしれない。
今日起きた社内の信じられないポンコツストーリーは次のような内容だ。
題して、
『“俺様を大事に扱わないヤツラに制裁を”と願うY氏と、“気づいても、言わない・やらない”をモットーとした静かなる悪意を秘めたAさんが巻き起こすドタバタヒステリックストーリー』の開幕だ。
主人公Y氏(20代後半男性・キレる若者代表)は、普段から他人には全く理解できない理由ですぐにキレて周囲に不機嫌と不協和音をまき散らす若手だ。そのY氏が、朝一番に出社するなり上司である俺に「相談があるんです」と深刻な様子で話しかけてきたのだ。
ただならぬ気配に話を聞いた俺。Y氏はこう話し始めた。
Y氏:「俺、みんなに置いていかれたんです」
何の話やら理解できない俺は、彼に聞いてみた。
シオタ:「どういう事?」
Y氏:「昨日のイベントにスタッフ皆で参加したじゃないですか?その時、俺だけ置いて行かれたんです」
シオタ:「(え?でもYも会場に来てたような?)あれ?でも来てたよね?」
Y氏:「はい。行ったんですけど、店舗から移動する時に、誰も俺に声をかけないで駐車場まで行ったんですよ!俺、何にも聞かされてなかったんですよ!」
シオタ:「(なぜヒートアップしているのだ?)そうなんだ。でも数人で一緒に会場に来たって事は、誰かに乗せてもらってきたんでしょ?」
Y氏:「はい!ありえなくないですか?」
シオタ:「(何が!?)あり得ないとは、どういう事?」
Y氏:「俺が乗った車は新人だけだったんですよ!ありえなくないですか!?」
シオタ:「(何を言ってるかわからない…)何があり得ないの?」
Y氏:「新人と一緒に俺が移動したんですよ!?あり得ないですよね!?」
シオタ:「…えーと、もうすぐ5年目のY君が、入って数カ月の新人3人と一緒の車で、Y君の後輩である2~3年目の人達は別の車で固まって来た事がありえないって事?」
Y氏:「そうですよ!だって、H課長(※シオタの上司)が新人と一緒の車でイベント会場に行くってあり得ないじゃないですか!?それと同じだと思うんですよ!まあ、課長と俺が同じってわけじゃないんですけど」
シオタ:「(そういう事か…)なるほど。じゃあ、問題は、移動する前に誰がどの車に乗るのかが分かっていなかった事と、出発の時間が明確に決められていなかった事の2点が問題だから、今後はそれを解消するように運営担当者に言っておくね。それでいい?」
Y氏:「はあ…。まあ、じゃあ」
正直、朝からあまりのポンコツストーリーに度肝を抜かれたのはここだけの話だ。
その後、このイベントの関係者からヒアリングを行ったところ、幾つかの新事実が発覚した。
とある女性社員曰く、「Yさんに、イベント会場で個別に呼び出されてこの件で怒鳴りつけられた」とその時の情景を思い出して、恐怖のあまり涙を流しながら話していたり。
Y氏と仲の良いとある男性社員曰く、「Yさんが帰りの車に何も言わず乗り込んできて、帰りの車の中でこの件についてヒートアップしながら他の社員を悪し様に罵っていた」と話していたり。
そして、何よりAさん(入社2年目女性社員)が言っていた事が衝撃だった。
Aさんの証言1
「私、出発する時に皆さんについて行っただけなんですけど、その時Yさんがまだ社内にいたの見てて。ああYさんはまだ行かないのかなと思って」
Aさんの証言2
「イベント会場に移動する車を出す人は事前に決まってたんです。Yさんも知っていたかどうか私は分からないです。でも、皆知っていたから知ってたんじゃないですかね?」
Aさんの証言3
「駐車場でYさんが私の所に来たので話をしたんですけど、そのまま別の階に移動して行ったんです。なんで移動したのかは聞いてないので分かりません。でも移動したから、私達とは別の車に乗るんだろうなと思って」
という幾つかの話が聞けたのだ。
そして、このAさんは、実は普段からY氏が唯一可愛がっている後輩なのだ。実は、Y氏とAさんの出身大学が同じで、Y氏はAさんの先輩にあたるのだ。そして、社内唯一の“学閥”という事で、お互いによく話をしている様子なのだ。
そんな関係性でありながらも、Aさんの証言にあるように、彼女はY氏に一切の情報提供どころか声掛けするしなかったのだ。もちろん、Aさんが声掛けをしなければいけないという決まりは無い。なので、Aさんは非難される謂れも無ければ、このポンコツヒストリー内で槍玉に挙げられる謂れも無いのかもしれない。
だけど、ここには、『敢えて“何もしない”という悪意』があったように俺には感じられるのだ。あれだけのタイミングに遭遇していながら、事の本質部分であり、自分自身がその瞬間に最も関心を抱いていたはずの“どっちの車に誰と乗るのか”について、話題にも出さないというこの状況だ。敢えて“言わない”、敢えて“聞かない”という意志が無い限りは、自然にその話題になるはず、というか、確実にY氏からはその話題に触れていたはずなのだ。
もちろん、これは関係者からヒアリングした内容から推測した物であり、更にその推測を元に当時の状況を分析した物なので、実際の事実とどのくらい相違があるのかは今となってはもう分からない。だから、Aさんの意図や本心がどこにあるのかは分からないし、もはやそれらはどうでも良い話なのかもしれない。
俺はこれまでの人生で超常現象的なモノの目撃をしたことは無いが、そういった類のモノを頻繁に目撃する人達にとっては“超常現象”はある意味で、日常の出来事なのかもしれない。だけど、逆に言うと、俺が日々目撃している会社内での信じられない出来事を俺以外の人達が体験したとすると、もしかしたらその衝撃は超常現象を初めて目撃した人と同程度なのかもしれない。
俺は、超常現象を目撃した事は今まで一度もない。
だけど、今回のような摩訶不思議な実在の人間たちが織り成す奇怪なポンコツストーリーのストックは、誰もが驚くほどの保管しているのだ。
さて、次はどんなポンコツストーリーを蒐集する事になるんだろうか。
それを考えるだけで、首筋がゾワゾワしてくるのだ。