そろそろやってくる気配が漂ってきた
今日は、もう春が来たかのような感じがするような1日だった。
運転中の車の中にいると、日差しが暑い。窓を開けて風を入れないといられないくらいの暑さだ。もちろん、車から降りると空気は冷たいし風もあるのでTシャツ1枚というわけにはいかないけど、少なくとも車の中にいる限りは日差しがあればそれでも十分だった。
まだ2月の後半。日差しが暖かくなり、日中の気温も高い。街の中では梅が咲いているところもある。夕方は日も長くなってきた。もう春が間近な感じがする。
春が近くなると、世間は色めき立つ。花が咲き始め、虫が動き出し、動物が活発になるし、社会は新しい季節が始まる。
色々な期待感に満ち溢れる季節である“春”。
そんな“春”が、俺は大嫌いだった。
とにかく何だかわからないけど気分が憂鬱になってくる。
でも、本当は、なんだかわからないわけじゃなく理由は分かっている。
そして、「そんな事を思っているのは結構ヤバイヤツなんだろうな」とも思っている。
だから、これまでにこの話を誰かにした事はほとんど無かった。
だけど、今は春が大嫌いではない。
正確に言うと、今は楽しみにしている。
これも理由はハッキリ分かっている。
新しい季節とほぼ同時期に、俺の中でも色々が“始まる”事が決まっているからだ。
期待感ではなく、始まる事が確定しているし、始めないといけない事が決定している。
気持ちとか考えとか思いとか期待感とかのような曖昧なものじゃなく、
ハッキリと『行動』として決まっていると、ワクワクが止まらない。
もちろんドキドキもするけど、それをワクワクが上回る。
とは言え、もちろんプレッシャーもあるし、ストレスも大きくかかっているのを感じる。
だけど、楽しみで仕方ない。
だから結局、そういう事なのだ。
春という季節が嫌いだったのも好きになったのも、結局、そういう事なのだ。
今日の気候で春を意識してこんな事を思って書いてみたけど、書いてみたら書いてみたで、結局俺にとっては、関係しているのは季節なんかじゃなくて自分が何をどうするのかという事だけなんじゃないんだろうかという事が今更ながらにしてよく分かった。
だからこういう事なのだ。
春は好き 夏は大好き 秋も好き 冬もまあまあ 大好きだ 季節は季節 俺は俺
詠み人:シオタ