シオタの塩分過多な日常

シオタです。「しょっぱい自分が、塩分過多な毎日をどう過ごし、いかに楽しく生きていくか」がテーマです

「おいチキン野郎」が悪口になるなんてこの映画で初めて知ったんだ


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まるで、バック・トゥ・ザ・フューチャーのマーティーみたいだ。

今日の仕事終わりに、そんな事を思った。子どもの時に大好きだった映画の主人公に想いを馳せるなんて、どれくらいぶりなんだろう。まさか、今日、マーティーの事を自分と重ねて考えるだなんて。そんな事、考えもしなかった。

今日思い出したマーティーの姿は、バック・トゥ・ザ・フューチャーのファーストで、タイムトリップして行った過去の時代で、父親と母親の学校のパーティー会場のステージで、チャックベリーの『ジョニービーグッド』をギターで弾いている場面だ。

あの時のマーティーは、途中から自分のギタープレイに没頭するあまり、周りのバンドメンバーも観客も最終的には置いてきぼりにして、ひたすら自分のプレイだけをし続けて、周囲をドン引きさせてしまう事になったのだ。

そして、今日の俺はまさにその瞬間のマーティーと同じ状態に突入していた事に気付く事になったのだ。

あの時のマーティーは、まだその時代には存在していなかった(自分の時代では懐かしの名曲扱いになっている)曲を弾き、その時代には存在していなかった演奏方法をすることで周りを置いてきぼりにして引かせたのだ。つまり、その時代の人達がまだ追い付いてきていない事を無視して、やりたい事だけをやってしまったのだ。
それと同じく、俺も先を行きすぎてしまったようなのだ。

こんな事を自分で書くなんて「コイツ、イカ○てる?」そう思った人がいたとしたら、正解かもしれません。何故なら、俺は本気で時代を先取りしてしまったからなのだ。具体的に何をしたのかについてはもちろん書けないけれど、例えて言うならこんな感じだ。

卵から産まれるはずのトリがいたとして、それは今までの事例からほぼ間違いないはずなのに、何故だか「いや、今回は卵じゃなくニワトリが先かもしれない。だって、ニワトリが先じゃないと卵が産まれないんだから」と言って、ニワトリ用の準備だけを整えてしまって結局、卵が先だったのに準備が無いためにチャンスを逃してしまった。そんな感じだ。

一番最初は卵があったに決まっている。でも、代が進む事で、あたかもニワトリが先だという話になっていく所もあるだろう。そうしたら、そこには卵の文化は発展しなかったということかもしれない。

そう考えると、あの時のマーティーも今日の俺も、それなりに役立った部分はあったのかもしれない。