シオタの塩分過多な日常

シオタです。「しょっぱい自分が、塩分過多な毎日をどう過ごし、いかに楽しく生きていくか」がテーマです

この花このあと飾るんだけどさらにそのあとはどうなるの?


f:id:shiotapathos:20190808012453j:image

 

何が引っ掛かってるのかわからないけど、何かが引っ掛かってる感じがするんだよなあ。何だかはさっぱり分からないけど、これを解明しないと先に進めない気がして仕方がない。

そんな事を考えてしまう事案があった。
だけど、それは現実的には俺とは関係の無いところで起きていた事なので、「お前には何の関係もないだろう」と一蹴されてしまっても仕方の無い話だった可能性もあったのだ。
でも、相手をしてくれた人達は、そんな無下にはしないで、メンドクサイ奴だなあと思いながらも気長に俺の相手をしてくれたのだ。

そのおかげで、俺が何に引っ掛かっていたのかが明確になったのだ。そして、その明確になったことは案の定(というか、そもそも何かを予感していた訳ではないので「案の定」という言い回しは本来は正しくないとは思うけど、俺の感覚としては、やっぱり案の定が相応しい)、結果的に、俺にも関係していたし、俺達のこの先におおいに関係してくる仕事の内容のとある部分のメタファ的な話だったのだ。

そんな事があったので、今までを振り返ってみると、俺が理由も分からないまま何かに引っ掛かってる時は大抵こんな風な結論が出ることが多いのだ。こんな事を書くとスピリチュアルなヤツだと思われてしまうかもしれないけど、これは事実なので仕方ない。自分でも何らかの才能があるのでは?と訳の分からない勘違いをしてしまいそうだけど、これは才能でも何でもなくて、ただの『推定』なだけなのだ。
自分でもハッキリとした理由が分かっていないだけで、恐らく俺の頭の中では、まだ明確に意識の表層に上がってきていない「何だか分からないけど今までの事象に照らし合わせると、これこれこういうことなはずだ」というのが出来ているんだと思われる。それが、どうやら考えてなくても出来るようになったんじゃないかと思われるのだ。

そう考えると辻褄が合うのだ。
だからこそ、壁にぶち当たっても話し合いを深めていけば必ずそこから前に進めて来ているし、もうこれ以上は無いよと思うところまで来た感じがしても、まだまだその先に出会えたり。

そんなことにこれだけ短期間でこれだけの濃密な時間を過ごすと、多分この先も全然全くアブナイわけがないじゃないですか。だから大丈夫なのだ。ホントのホントに大丈夫なのだ。

例え何が起きたとしてもね。