シオタの塩分過多な日常

シオタです。「しょっぱい自分が、塩分過多な毎日をどう過ごし、いかに楽しく生きていくか」がテーマです

研いで磨いて求める切れ味


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徐々にやってくるこの感じ。

徐々に徐々に、じわりじわり、段々とまとまりつつある。

今まで、「もっとよくなる気がするんだけどなあ」と思っていたけど、あともう少しにてが届いていない感じを残しつつの部分についての概念設計が昨日突然できた。

できてみて振り返ってみると、実は全て最初から自分達の中に全て持っていたという事が明らかになるというパラドックス。これを紆余曲折というのか、それとも右往左往というか、それは全然分からないけど、とにかく前に進む事ができたのは本当に良かった。

なにしろ、自分達の中の『しっくりきた感』がとても強い。すごくしっくりきた。まさしくこういう感じを求めていたのだ。それに、ようやく辿り着いた。そんな感じ。

最初にアウトプットした形だと、まだまだ稚拙だった。その後は、少しずつ形を変えながらも、情報が全然足りなかったり、変形させすぎてしまったり、枝葉を切り出して出しただけのものだったり。本当に試行錯誤をずっと続けていた。
もちろん、それがあったから今ようやくここまで来たって事なので、これが無駄なモノだったとは思っていない。ただ、こういう巡り廻って辿り着くのがもといた地点というのは、自分達にとって嬉しい反面、回り道無しで辿り着けないものなんだろうか?というやるせなさもそれなりに漂うのだ。

「もっとスゲー頭脳が欲しい!もっとスゲー能力が欲しい!もっと高めないと全然足りない!」
こんな事をこういう時にものすごく思うのだ。

自己研鑽。やってかないとおっつかない。やりたいことをやるために必要だからやる。それもきっとやりたいことなはずなのだ。