シオタの塩分過多な日常

シオタです。「しょっぱい自分が、塩分過多な毎日をどう過ごし、いかに楽しく生きていくか」がテーマです

獲得と喪失がもたらすもの

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今日、久しぶりにジムに行った。

レーニングノートを見たら前回行ったのが10月初旬。

実に3週間行っていなかった。

あまりにも久々だったので、自分自身に気合を入れる意味でも再開1発目に『脚』のトレーニングをする事にした。約1カ月ぶりのスクワットから始まるトレーニングだ。

 

俺は『脚』のトレーニングが嫌いだ。

理由は、きついから。

レーニングの中で一番キツイのが『脚』だと感じている。

だから嫌いだ。

でも、『脚』をやった後の気持ちは好きだ。

理由は、とても達成感と充実感を強く感じるから。

「こんなにキツイ事やった俺はすごい」

素直にそう思えるからだ。

まさに、トレーニング再開の幕開けに最もふさわしい部位だ。

 

 

そして、久々に『脚』を鍛えた結果は、疲労困憊だ。

重量はコンスタントにトレーニングしていた時の8割程度しか挙がらない。そして、種目数は1/3程度しかできなかった。セット数は全種目で10セット程度。この内容で疲労困憊だ。本当にキツイ。トレーニングが終わって数時間経った今でもキツイ。

 

これが現実だ。

元に戻すのには、休んだ期間以上の時間が必要だと感じている。

そして、何よりメンタルにダメージが大きい。

見た目も実質も全てが(当然といえば当然だけど)、ちゃんとやってた頃に比べると格段の退化だ。進化したくてトレーニングしてたのに、完全に退化している。これが現実。

 

体力を戻そう。

体型を戻そう。

挙上重量を戻そう。

話はそれからだ。

 

サボっていた代償はデカい。

過ぎた時間で失ったのは筋肉だけじゃない。

俺の中にあった色んなモノを失ったようだ。

やはり、継続こそ力なりなのだ。

あらためて、身をもって、実感した。