シオタの塩分過多な日常

シオタです。「しょっぱい自分が、塩分過多な毎日をどう過ごし、いかに楽しく生きていくか」がテーマです

思い出は時代とともに変化していく


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30年以上前のその昔、この時期に恒例だった家族行事を、自分が親になったので再現してみようと思ったら、実現不可能になっていた。

我が家の恒例行事だったのは『潮干狩り』だ。と言っても、有名な潮干狩り場である木更津などに行って有料でやるような本格的なやつではない。
我が家で言う潮干狩りは、その辺の普通の海岸に行って、ワーワー言って貝を探すような、ほとんど遊びの潮干狩りだ。なので、お金を払わずに入れる夏は海水浴て賑わう九十九里浜の砂浜に行ってたのだ。

行く前に、九十九里浜で潮干狩りやるならどこが良いのかな?なんて軽い気持ちでネット情報を調べたら、「九十九里浜は漁業権の関係で潮干狩り全面禁止」との情報が出てきた。どのサイトを見てもそう書いてあるのでどうやら本当のようだ。

きっとあれから30年以上の時間が経過する中で、貝の乱獲か激しくて『禁止』という規制をするしかない状態になってしまったんだろう。ネットの情報だと、この事を知らずに潮干狩りをしている親子連れてあっても監視の人たちに強目に注意を受けるらしい。きっと、九十九里浜の地元の人達も潮干狩りに来る人達が減ることを望んでいて、最終的には誰も来なくなるようにしたいのだろう。そして、海水浴の本番の時期には何事もなかったかのように大勢の人で賑わう事を夢見ているんだろう。そんな事が本当に実現されるかどうかについて真面目に考えている人達は多分あまりいないんだろうけど。

「自分の権利がまず守られなければ」
これが多くの人達が考えている至極当然の事なんだろう。俺も、家族とただ昔みたいに潮干狩りを楽しみたいと思っただけだ。
でも、そんな些細な事しか考えていない人達がたくさん集まると、30年以上経過したら「そんな奴等に来られたら困るんだ」という存在として認識されていた。悪意があるとか無いとかではなく、誰かにとって都合が悪かったのだろう。そして、悪意をもって乱獲をしていた人達もきっといるんだろう。そんな色んな人達の様々な思惑が姶まった結果がこれなんだろう。

この規制がされてる間は、九十九里浜て潮干狩りをすることはできない。だから、来年以降は、海水浴の季節じゃなければ家族で九十九里浜に来ることは恐らく無いだろう。今年は、子どもが「貝殻拾いをしたい」という事だったので予定通り九十九里浜に行くけれど来年も同じことをするかどうかはわからない。

そして、恐らく、この季節の九十九里海岸は人出がとてもすくないんだろう。それが、漁業権の直接関係しない仕事をしている海岸沿いの人達やその町にとってどんな影響があるのかは俺には分からないけれども。

ただ、思い出の遊びができなくなる寂しさと、誰の物でもないはずの海が自由な存在ではなかったという事実に対する悲しさが俺のなかにできてしまっただけなのだ。