シオタの塩分過多な日常

シオタです。「しょっぱい自分が、塩分過多な毎日をどう過ごし、いかに楽しく生きていくか」がテーマです

良い意味でって付けとけば誤解は防げるのかもしれない


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今、体がどこも痛くない。

ジムをサボりだしてからそろそろ1ヶ月になろうかというところだ。これだけトレーニングをしていないと、体が筋肉痛になることも無い。そして、それだけじゃないのだろう、体がどこも痛くないのだ。

慢性的な腰痛すらも、痛みを感じることはほとんどなく、体の関節の痛みをはじめとした節々の痛みを感じなくなった。

だから、「これで体が楽になった!」

と思うのかと言うと、実は全然そんな事は無いのだ。逆に、体が『なまる』感じがどんどん強まっていくのだ。体の衰えを実感する毎日と言っても良いかもしれない。

段々とゆっくりゆっくり体が弛くなっていく感じがする。脂肪が徐々に増えて、筋肉が少しずつ小さくなり、腱や骨が弱まっていく感じ。もちろん、それを確認する手だては無い。でも、自分の体の中でそんな変化というか退化が確実に進んでいるイメージが脳内で、何かの折りに触れて繰り返されるのだ。

そんな、焦りがちょっとずつ自分のなかに増えてきて、そろそろ溢れそうな感じがしてきているので俺にとっては良い兆候なのかもしれない。これが溢れる頃に、ジムに行きたくなるんだろうなと思うと、焦りもありつつ楽しみな気持ちが出てきている。

それにしても、体が痛くないという状態を手に入れると、久々に筋肉痛を感じるのがなかなかに億劫になってくるのは昔から全然変わらない。でも、その筋肉痛のある状態が自分にとっては、気持ちの良い状態だということもこういう期間があると再確認できるのが、何だか少し良い気分だ。

そんな事を考えていたら、少しずつジムに行きたい気持ちが高まってきたので、後は、仕事を終えた時にどれくらいジムに行きたい気持ちが残っているかということなのかな。

ただ、先日の二日酔いを境に、「お酒を飲むのは人と会うときだけ」という事にしたので、仕事を終えて家に帰ってお酒を飲むという事はしないつもりなので、そうなってくるとジムに行く選択肢がかなり強く光ってくるんじゃないかと怠惰な己に期待しているのだ。

もちろん、今日の時点で行ってないのに明日行くのか?という疑問も当然あるわけだけど、そこはそれ。全然別問題として考えてしまえば良いのだと自分に言い聞かせて明日を迎えよう。

ノーペインノーゲインという、あの方のあの名言が表すように、痛みは成長の証しだと俺も思っている。だから、今の怠惰な自分が痛み=成長を求めているんじゃないのかな。だから、体が痛くないという今の状態に不安とかを感じているのかもしれないなあ。

求む、体の痛み。
もちろん、良い意味で。